01

「――・・・ハイテクだな。」
「言うに事欠いてそれか。」

俺の横でアンパンを頬張りながら、彼女はひらひらと不気味な紙きれを振った。


登校中の朝の道は騒がしく、学生やサラリーマン、自転車に乗った人、時には車が俺たちの横を通り過ぎていく。
朝食代わりのアンパンをようやく飲み込んだ俺の横の幼馴染は、相変わらずの無愛想な顔のまま、紙切れを俺に突っ返した。

雛裂 はとこ。
俺とは家が隣ということで、幼いころから交流のある少女だ。
ポニーテールに結われた艶やかな髪に、切れ長の意志の強そうな目・・・といえば聞こえがいい。
彼女は悪く言えば冷たい印象を受ける外見だ。
幼馴染の俺が言うのもなんだが、はとこは人形のような整った顔をしている。
その美貌のせいか、彼女はどことなく近寄りがたい雰囲気を持っているのだ。
・・こちらが気後れする、とでもいうのだろうか。

いつも一緒にいた俺は慣れてしまったのでなんとも思わないのだが、俺の友人なんかは
「可愛い子は大好きだけどあの子は逆に無理」などと意味の分からないことを言いながら彼女のことを疎遠に思っている。

そんな他人から勝手に距離を取られてしまうはとこだったが、しかし根は悪い奴ではない。
極めて理性的な性格である彼女は、ことさら相談事に対する助言が巧みなのだ。
現に俺は何かがあればすぐに彼女に相談する。
男としては何とも情けないことこの上ないが、それほどに彼女はとても頼りになるのだ。

「君は私にどんな感想を言ってほしかったんだ?」
「・・・お前に普通の人間の反応は求めてないよ。」

皮肉を混ぜて言うと、「そうだろうな」と、飄々とした様子で答えを返す。
全くもって可愛げのない彼女だが、それが雛裂 はとこという人間なので、今更どうこう言っても仕方ない。

「で、まぁ、見た感じは普通の紙きれだったな、それ。」

俺ははとこから返してもらった紙きれを丁寧に封筒に戻して、鞄に突っ込む。

――・・・昨日の夜、俺に届いた漆黒の封筒と、その中に入っていた紙切れ。
なんだか不気味に思った俺はそれを登校がてら、この幼馴染に見せてみた。

そして幼馴染の反応は思いのほか薄情なものだった。
「ハイテクだな」だなんて、昨日の俺の的外れな呟きと内容がほとんど同じだ。
ずっと一緒にいたからか、どうやら俺達は思考も反応も似てしまっているようである。

「・・・君、何か命でも狙われてるんじゃないのか?」
「なんでそんな突拍子のないことを言うかな。」
「いや、だってこれ、明らかに悪意があるだろう。」

黒い封筒、宛名なし。中身は赤文字で意味不明の一文が記されている。
・・・確かに、それだけ考えればかなり悪意のある贈り物だ。
だからと言って「命を狙われている」とはまた飛躍しすぎだと思う。
大体俺は命を狙われるほど恨みをかった覚えがない。

「少なくとも私は君を殺してやろうかって思ったことはある。」
「ええ!?」
「冗談だ。」

真顔で冗談を言われると本気で言っているように聞こえるので怖い。
こればっかりは未だに慣れなくて、俺は彼女の言動には毎回振り回されっぱなしだ。

「まぁ、お人よしの創夜を殺したいと思う奴はそうそういないだろうがな。」

そう言いながら、はとこは二つ目のアンパンを取り出した。

料理が出来ない上に両親が滅多に家にいない彼女の食事は大抵が菓子パンで済まされる。
しかも細身の彼女は意外に大食いで甘党なのである。
付け加えて早起きが苦手な彼女は、しかし朝食を抜かすというのは大食いのポリシーに背くようで、
自然と登校中にパンを食べるというスタイルに落ち着いたのだ。
非常に行儀が悪いが。

「それで、どうする?ウチにある日本刀を持っていくか?」
「だから真顔で冗談を言うのはやめろ。」
「なんだ、つまらん。」

本当につまらなさそうだった。
・・・・彼女に相談したのが間違いだったのだろうか。
はとこのことを「頼りになる」と称した少し前の自分が腹立たしい。

「で、普通に考えれば、ちょっとハイテクないたずらだろうな。」
「やっぱりただのいたずらか。・・・でも、それこそこんな意味深ないたずらされる覚えないんだけど。」
「そもそもそうされる覚えがないから『悪戯』っていうんだろう。まぁ、あまり考えすぎないことだな。」

気にしすぎると禿げるぞ、立派に。などと意味不明なことを言いながら、はとこは二つ目のアンパンをほぼ飲み込むように食べ終える。
一言も二言も余計な彼女に、俺はむっと眉間にしわを寄せてしまうが、彼女の言うことはもっともだ。
ただのいたずらならば、気にしない方が良いに決まっている。

「何かあったら言ってくれ。家事以外なら力になるぞ。」
「・・・そりゃ、どーも。」

家事以外、というのが何とも彼女らしい。

はとこの家は両親が海外に出張していることが多いらしく、滅多に家にいない。
俺の家はずいぶん前に離婚して、母親が家にいるが、その母親も今はほとんど家に帰ってこない。
そんな家庭事情から、俺たちは互いの家を行き来しては食事を摂ったり、掃除を手伝ったりすることが多い。

そういう環境だったから、俺は彼女が家事を大の苦手にしていることをよく知っていた。
さらに、自慢じゃないが、俺は彼女よりも家事は得意である。食事当番はいつだって俺だ。
たまにはとこが料理をするが、大抵がインスタントで済まされてしまう。
この前なんかカップラーメン一つをテーブルに出されて愕然とした。食べ盛りの男子に夕飯がカップラーメン一つとは酷である。
それ以来、俺は夕飯の支度は自分が進んで行っている。
――・・・そう言う風に、俺たちは過ごしてきた。

彼女ができないことを、俺が補い、代わりに、俺ができないことを、はとこは補ってくれている。
もはや俺にとって彼女は幼馴染と言うよりも兄弟に近いのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら、俺はなんとなく、視線をあさっての方向に投げやった。









オイデ、
――ふと、足を止める。 何かに呼ばれたような気がした。 それは友人が俺に声をかけるような、そんな感じではなく。 まるで、知らない誰かに手招きされているような――不安と焦燥感。 思わずあたりを見回す俺に、はとこが不審げに眉を顰める。 「・・・創夜?どうしたんだ?」 「いや・・・何か・・・」 言いながら、俺の視線は一つの風景に釘付けになっていた。 ――・・・それは、通学路の端にある、大きな公園だった。 俺達が幼いころ、よく一緒に遊んでいた公園。最近はほとんど入らないその場所が、なぜだか酷く鮮やかに見える。 嫌な予感がした。ぐるぐると、胸の中で何かが渦巻く感じだ。 もやもやとしたむかつきが、喉元まで上がってくる。けれどそれは吐き気とはまた違う気がした。 手先が震える。 この感覚に、俺は覚えがあった。 ―――昨日の、あの封筒と、同じ。 「――・・・創夜。」 じっとりと、肌に汗が張り付いていた。行ってはいけない、けれど、行かなければならない。 呼ばれている。誰に?わからない。ヒトではないのかもしれない。 ならば、何だというのだろう。分からない。 「創夜!」 「・・・痛っ!?」 ぼんやりとしていた俺の頬を、はとこは容赦なく抓った。 かなり痛かったので思わず声を上げるが、はとこは悪びれた様子もなく、そのままヒリヒリする頬を軽く叩く。 鈍い痛みがじんわりと頬に広がった。 「どうした?」 「それ地味に痛いからやめてくれ。」 「ああ、すまんな。」 全然悪びれた様子もないはとこに、俺は嘆息した。 はとこのこういった不躾な性格も、ここまでくれば感心ものだ。 「それで、どうした?妖精でも見えたのか?」 「いや、妖精は見てない。でも・・・なんか、嫌な予感がする。」 「何が?もしくは何処が?」 「・・・公園から、すごく嫌な感じがする。」 「そうか、じゃあ行ってみよう。」 耳を疑った。 「人の話聞いてた!?」 「ああ、聞いていたさ。聞いていたとも。だが、気になるんだろう?だったら確かめるしかないじゃないか。」 潔い、というより男前なその判断に、俺は一瞬戸惑った。 だが、無表情ながらも強い光を湛えた眼に、根負けする。 「・・・分かった、行くよ。行けばいいんだろ?」 「そうだ、女は度胸、男は愛嬌だ。」 「それ、逆だよ」 「行くぞ。」 俺のツッコミは完全に無視だった。自分に都合の悪いことは耳に入れないらしい。 ずんずんと先を行くはとこに盛大な溜息をつきながら、俺は彼女の後を追った。